
砂漠の風〜アレキサンドリア攻防戦
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1
地中海特有の風――シロッコが吹くとガディ・キンゼーの頬こけた顔に潮風が踊った。 ここ数日、疲労とはりつめるた緊張感のなか海上をただよっていたためか、その目許には濃いくまができていて、ふだんならばぎらつくような生気をただよわせているのに、きょうばかりはさすがに死者の親戚程度の青白さがある。
しかし、それでもいくばくかの安堵に似た色が瞳にかがやいているのは、とりあえず陸地にあがることができたからであろう。
身なりこそは民間の船舶会社のそれであるが、その実、地球連邦軍大西洋艦隊所属の補給艦の船長であるガディは、その街に冷めた視線を送った。
アレキサンドリア。
アフリカの北端に位置するその都市は、古代から地中海貿易の拠点として栄え、ひとが宇宙に住むようになった現在もでなお、地中海の拠点として、そして地球に残った一部の特権階級のための観光の名所として繁栄していた。
しかし、それもいまや昔のはなしである。
ジオン独立戦争――後世、一年戦争とよばれることとなる戦いがはじまって、はや十ヶ月。スペースコロニーサイド6を本拠地とするジオン公国の軍隊が地球に降り立って数ヶ月が過ぎていた。
ガディはアフリカの大地に降りたつと、その足の感触をたしかめるように、二度、三度と石畳をブーツで蹴り、みずからの幸運を――けして敬虔ではないにもかかわらず――祈った。
連邦軍の反撃がはじまっているとはいえ、黒海沿岸の都市オデッサを地球侵攻のための橋頭堡とするジオンにとって地中海は大西洋への玄関であり、またダカールやキリマンジャロなどの重要拠点のあるアフリカ侵攻への重要な足がかりであった。そして、その意図が読めるからこそ、連邦としてもアフリカ防衛のためにもどうしても、その海を死守する必要があったのである。
結果、地中海とその沿岸は連邦とジオンの勢力図が複雑に交錯する最前線となっていた。しかし、その広い海域をすべてたとえ海軍をもつ連邦軍が有利だとはいえ、地中海の全域を掌握しているというわけではない。
ジオンの船舶に攻撃されたというはなしも聞くし、また不審な沈没の報告も入っている。なによりも民間の船に擬装したガディの輸送船も、ここにたどりつくまでにジオンの哨戒船に止められ、内部を調査され、時に袖の下を渡したこともあった。
(これを持ってきたんだから、無理をしたくなかったしな)
と、ガディは輸送船に積まれた荷のことを思った。
「いらっしゃいましたな」
声がした。
「えッ……」
事前にわかっていたことであるとはいっても、突然は、おどろきである。
波止場にひとりの老人が立っていた。
白いととのった髪に帽子をかぶり、アイロンをしたばかりのようなきっちりとした連邦の制服を身につけ、杖をついている。
この街の守備隊の隊長である。
ガディの映った淡い青の瞳は、青年がいままで航海してきた海がおだやかな時の色にあまりにも似ている。
「先生……」
ガディは自然と敬礼をする。
「立派になられましたね」
ジョセフ・シモン・クルックが微笑とともに最敬礼を返す。
地球連邦軍でいちばん美しい敬礼をするといわれた、その姿勢はあいかわらずで、のびきった背中は一本の棒のようにまっすぐでいて力がはいりすぎているということもなく、また弛緩しきってもいない。
あたかもブロンズの像でもあるかのような、あまりにも自然な態度である。しかし、その目許のうるみは老人の生存を声高に主張していた。
「よくも生きておりましたね」
仕官学校の軍事史の教官としてガディを指導したこともあるジョセフの声はわずかにふるえていた。
「先生こそ、お元気で。たしか退役されたと聞いていましたが?」
「はい――」
数年前、ジョセフが定年で軍隊を退き、妻とともにアフリカの片隅にちいさな居をかまえ、海の見える丘で薔薇を育てているとガディは風の噂で聞いたことがある。
「しかし、このような状況でございますから」
「そうですね」
本来、連邦軍の戦時マニュアルに従うのならば、退役軍人を都市の守備隊の隊長にするようなことはない。しかし、十代の少年少女を軍役として借りださねば戦線が維持できないほどにまで追い込まれた連邦にとって、有能な人材はたとえ過去の人間でも重要である。そして、現役でありかつ有能な人間であるのならば年齢も経歴もともなわなかった。
「それにしても、あなたが海軍の輸送艦の艦長とは意外でしたね。退役したときには宇宙軍に配属されたものと記憶しておりましたのに」
「ええ――」
歩きながら、ガディは苦笑するよりほかになかった。
ガディは史上初めての大規模な宇宙戦となったルウム戦役の生き残りである。
もっとも、戦端初頭において乗船した戦艦の艦橋が被弾、艦長が負傷したため、みずからも負傷しながらも戦艦を指揮し、早々に戦場をあとにしたため大崩壊からまぬがれえたという経歴をもつ。
以前ならば、たとえそのような武勲があったとしても、まだ若すぎるという理由でそのまま療養、軍に復帰後、これまでと同様、副官として別の艦に赴任していたであろう。
しかし、現状ではそのような才こそ必要との判断から、退院後、予備役を経て――どうやら書類上のミスがあったらしく――このたび海上の輸送艦に艦長として配置されたのである。
ガディは、それを最初聞いたときおどろきはしたが、それ以上はなにもくちにはせず、その任を受けた。その意味においてガディは職務にきわめて忠実な軍人であったろう。
むろん輸送部門にまわされたという点に不満はあるものの、このような偶然があるのならば、それもよかったことなのだろうとガディは思った。
それにしてもである――
「やはり……」
ガディの表情を見て、ジョセフは苦笑した。
「ええ。補給状態が厳しいので、車は自粛としておるのですよ。出迎えの車を期待されておりましたかな? まあ、それはひとつの不幸ということであきらめてください。それに、ひさしぶりの陸上でしょうからじぶんの足を使うのもよいものではございませんか? 市庁舎は、ほんの近所ですからな」
ガディはちいさく笑って、それを受け入れた。
学校にいたころから、万事このような調子なのだ。軍人というよりも、むしろ学者肌であり、軍事学校よりも本当の学校で教師をやっていた方がこのひとにはあっていたであろうと当時からガディは考えていた。
「それにしても、あなたに来ていただいて、これでひと息つけますよ。これで補給を受けた状態で戦えます。一ヶ月ですか……つらかったですね」
「一ヶ月ですか……」
「はい。よくももったものだと我ながら感心しますよ」
「たしかに――」
ガディの知識ではアレキサンドリアには戦前、大きな駐屯軍は配置されていなかったはずである。
(それなのに)
多くの都市がジオンの電撃作戦に白旗を上げた状況にもかかわず、補給もままならぬまま、都市にこもり戦いつづけることができたとはどのような手段を使ったのだろうか。
「正直、あなたに来ていただいて、わたしたち――わたし個人ではなく、この都市の軍事を司る者として――お礼を述べさせていただきます。市民皆で戦い、備蓄も底をつきつつあった現状において、この補給はまさにマナでございますよ」
「マナ……神からの贈り物でしたかな?」
「なにかの神話にあるはなしですよ。たわいもない物語でございますが、このたび、あなたが持ってきたと書類にあるあれ(ルビ:’’)は、まさに我らにとっては、それでございますな」
「神の贈り物……たしかにあれ(ルビ:’’)がパンフレット通りの能力をだせるのならば、まさにそう思えてくるでしょうな。それに、じぶんは一陣ですし。おって、二陣、三陣とくるはずです」
「それはよかった。これでひと息つけます。正直、この街にこもって一ヶ月、市民の方々の協力があるからこそやってくることができましたが、ない知恵をしぼりしぼり、一日すこしの燃料をどうやって、なにに振り分けるか、それこそ真冬の借金取りの心境であちらをけちり、こちらをけちり、いまさら妻の気苦労が忍ばれますよ。酒を呑んでは妻に怒られ、煙草を吸っては妻に怒鳴られ、本を買っては嫌みをいわれる……それでも現在では思いますよ。あれもまた、生活の知恵であったのだとね」
軍属のけっして高くはない給料でやりくりをつづけ、その半生をささえたジョセフの伴侶は、昨年、亡くなっている。
戦争がはじまった月の最終日に呼び出され、この街の守備隊をまかされた男につきしたがいガディは白い建物の立ちならぶ市内を歩く。
建物には戦時のなまななしい傷痕が散在され、傷つき、あるいは崩れた都市には、もはや残骸でしかなく、ただ、そんななかでさえもひとは生きつづけている。
街角で、ボールを蹴る子供たちの姿があった。ころがってきたボールを蹴りかえすと、少年たちが笑って、ありがとうと手をふった。
大人たちの顔にも、自然、笑みがこぼれる。
「戦争ごっこではないんですね」
「いると思いますよ。このような情勢下ですからね。ただ、そうであっても、あのような景色を見ることができるのは――幸せなことです」
けっきょく子孫を残すことのなかった男は、そういうと、すぐに実務家の顔になった。ガディも表情をあらためる。
「そういえば積み荷の降ろす優先順位ですが……」
「それは、港の部下にまかせてあります。食品、医療品をまず降ろし、つぎにパイプラインを回復、どうせ例の物はすぐには動かぬのでございましょ?」
「はい。ばらばらにして持ってきましたからね。まあ、おかげでジオンの目はごまかせましたが立ち上げまでに、すこし時間がかかってしまいますね。部下がいいますに一晩はかかるであろうということです」
「無理は承知でいわせていただきますが、いまや一秒は金の一粒よりも大切な情勢でございます。一秒でも早く……そう願っております。しかし、わたしどもといたしまして、あれはぜひとも必要な兵器ですのでできるだけ急いで組み立てていただきたいとも勝手ながら思っております」
「わかっていますとも」
地鳴りがしてきた。
ジョセフは歩みを止め、杖をもたぬ方の手をあげると、街角を曲がろうとしていた戦車が止まった。
「隊長どうしたのですか?」
戦車長が叫ぶ。
「市庁舎のそばを通りますか? タクシーがないので、その変わりにと思ったのですが」
「かまいませんよ。さあ、どうぞ。そちらの方も……」
ジョセフは戦車に腰掛ける。
「……軍規違反をとがめますか?」
まだ地に足をつけたままの教え子にむかしの教師はたずねた。
非難するような目で見つめかえし、それでも、わざと大きなため息をつきガディも戦車に乗った。どうせ、いまさら戦前のマニュアルを墨守したところで意味はないのだ。
街角では、拳銃をかまえた黒いベールの女たちも警備にあたっている。
「人手がないとはいえ、軍属でもない女性を街に立たせないといけないほどの人手不足とは……寒い時代ですよ」
ジョセフがさみしそうに笑う。
街の中央へ近づくにつれ、建物の崩れ具合は外周ほどひどくはなくなっている。変わりにあちらこちらにテントが散見されてきた。あるいは公共とおぼしき建物に住みつく者たちもいるという。家を焼かれたとおぼしきひとたちたちがなにをするというでもなく集まり、立ち惚けたまま、表情はどこか曇り、戦いに倦んでいることがわかる。
やがて、連邦旗はためく市庁舎につき、ふたりは戦車から降りた。
街の中央に位置する、白い建物がこの都市の市庁舎と決められたのは中世の頃のことだという。それいらい、何百年と使いつづけられてきた建物も、こんにちでは戦火の生々しい銃痕こそはあるものの、建物としての役割は十二分にはたしているようであった。
建物にはいると、中世以前の作りらしい時代かかったホテルのようなロビーがひろがり、水を止められた噴水がある。天井の大きなファンは止まり、市民の列が、苦情を受け付け係のところに長い行列をつくっていた。
ネクタイをゆるめ、額の汗をぬぐいながら職員が市民たちの対応をしているが、ただただ平身低頭だ。
「つらいでしょうが、誰かが貧乏くじを引いてもらわないことにはガス抜きにはなりませんからな」
つめたいことをジョセフはいい、市長室のドアを叩く。
なかでは東洋系のまるい顔立ちの男が書類の束と格闘していた。小太りの男で、飯店の料理人という雰囲気だろう。やがて、ガディに気がつき、
「よくいらっしゃいました」
満面の笑みを浮かべながら市長――李太白はガディに握手を求めてきた。握手をかえすも、やや相手の握力不足を感じる。
(大変なのだな)
表情こそは平静をたもっていても、肉体的な疲労を重ねているのだろう。
書類を受け取り、李太白が確認しているあいだ、人手が足りないからといってジョセフがだした茶を呑む。
ひとくちすすり。
「まずいですかな?」
どうやら困惑の表情が浮かんでしまったらしい。
ジョセフと市長が苦笑いしている。
東洋の茶なのだが、ほとんど白湯の味なのだ。
「すみません。うちの店の自慢の茶葉だったのですが、こうも戦争がつづいたりするととんと品薄になってしまって、いまでは出がらしになってしまって」
「店?」
「ええ、近所で商社やら飯店やらを兼ねあわせた小さな貿易会社をやっている……いや、やっていたといった方が正しいかもしれませんがね。正直いって、こんな役職はわたしの本職ではないのですよ。前の市長――つまり選挙で正統に選ばれた人物がですがね、戦況の悪化にたえきれず胃潰瘍で倒れてしまったのですよ。あとは……まあ、いろいろありまして、わたしにおはちが回ってきたのですよ。まあ、これも運命なのだとあきらめて受けたのですがね、やはりつらいですな」
いっている内容の割には、李は満面の笑みだ。
「しかし、こんな状況でよくジオンの侵攻に対抗できましたね?」
ガディの問いにジョセフがにやりと笑い謎かけで返答をした。
「ロンメルという男を御存じですか?」
その態度は、数年前の教室での態度となんら変わるところがない。
「中世の人物でしたね。たしか先生の戦術の教科で教わったという記憶があります」
2
エルヴィン・ロンメル――
現在、かつて地球上に国境線が存在がした時代に欧州でおこったひとつの大きな戦いに参戦した将軍の名前をおぼえている者はまれである。
ただ軍事の教科書の片隅にアフリカの大地で蛮勇をふるった将としてだけ、その名前が残っている。まさに動物的な勘で戦場の空気を読み、連戦連勝をつづけたという男は、しかし、戦術的に勝って戦略的に負けたと評価されることが多い。また、きわめて有能な中間管理職というのがわかりのよい例えであろうという者もいる。
そして、現在ジオンにも同じ名前の軍人がいた。
「つらいな――」
ロンメルもさすがに苦悩の言葉をもらしてしてしまった。
この過酷な戦場に降り立って、はや数ヶ月。
もとより褐色であった肌の色もより濃くなり、うちつづく戦いに以前よりも頬がこけ、目のかがやきもいちだんとすさまじくなった。
現地の人間がするようにターバンを巻きはじめたのは、地元の人間の歓心を得ようという下心あってのことである。しかし、わずか数ヶ月では期待したほどの協力は得られてはいない。
なんにしろ、貧乏は罪悪だと思うしかなかった。
無言のまま部下がいぶしがるような視線を向けている。
「補給状態がつらいといっているのだ。見てみろ――」
ロンメルは手に持っていた紙の束を投げた。
それには弾薬、補給部品、食料、水、衣料品といった物の補給計画が記されていた。そして、赤のペンでチェックが入っている日付が、実際、入荷した物品だろう。
「しかし……」
「ここしばらく――三ヶ月前くらいから予定が狂いだし、ここ一ヶ月くらいか。完全に計画が崩れている。何回も訂正した報告がきているが、まるで役にたってない。おかげで、ここにきてアレキサンドリア攻略は頓挫だ」
慣れない地球――しかも砂漠の季候と風土に宇宙生まれが一年もたたぬうちに慣れるわけもなく、ロンメルはいまだアレキサンドリアを攻略できないでいた。
ザクという圧倒的なハードウェアをもちながらも、やはりそれを用いるのがひとというハードウェアであるという根本的な問題であるのだ。
慣れぬ土地に望郷の念をおぼえている部下も多い。
しかも、そこにコレラとおぼしき病気が蔓延し――宇宙からつれてきた医師は、それを知識としてしか知らないので断定できないでいるのだ――士気もがくだんに落ちている。
「あるいは、そろそろひと息つかねばならないのかもしれないか」
ロンメルは地図を見ながら腕組みをした。
けっきょく戦いとは静と動の繰り返しであり、その大部分は静なのだ。その間になにをしえるのか。それが、戦いの行く末を決する。
偵察部隊の報告によれば、アレキサンドリアはさきの戦いで破壊した防衛ラインの再建に早くもはいっているという。
「つぶしても、つぶしても埒があかないな」
こちらが補給で苦しんでいるあいだに、向こうは潤沢な資材――とロンメルは信じている――を投入してくる。
「このままアレキサンドリアはほっておくべきか――」
ロンメルは、そうつぶやきかけ、
「ダメか。あそこには港があるのだ」
頭をふった。
ジオンのアフリカ侵攻の直接の目的は連邦議会のあるダカールの確保とキリマンジャロ基地の攻略にある。そして、それにたいする地中海側からの援軍の阻止とオデッサからのびた補給路の確保という間接な目的としてロンメルはアレキサンドリアを攻略しようとしているのだ。
その意味では、ロンメルの指揮下の部隊への補給の優先順位がけっして高くはなかった。あるいは包囲戦だけをして時間を稼げばよいと上層部は考えているのかもしれない。
だが、そのような思惑があったとしても、ロンメルは同意したくはなかった。
(なんとして、あの都市を落とす!)
それがロンメルという尚武の気質のある男の抑えがたい欲望であったからである。
そして、その目的を達成するのに必要なものは戦うという意思と物品であり、その一方でも足りないわけにはいかなかった。
ロンメルは、中世の寓話のように竹やりで飛行機と戦うなどといったことになることだけは避けたいと思った。もちろん、軍人である以上、上がそれを望むのならば彼はやるであろう。しかし、だからといって、それを嬉々としてやるほどマゾヒックではなかった。
だから、愚痴のひとつもしぜんともれてくるのである。
「連邦は、しっかりとやっておるのに!」
こればかりは連邦をうらやむしかなかった。
もともと外的理由等から短期決戦主義をとらざるを得なかったジオンにあって補給部門は閑職もいいところであった。そのため無能の者どもの巣として一般の兵にはさげすまされ、攻撃限界点を越えた戦いをつづけていることもあり、能力以上の力を求められているうえに、うらみをはらすような恣意的な作業をする者もいるという。
納期の遅れや、手違いなど日常茶飯事であり、とある場所では地上に宇宙武装のザクがまわされてきたという笑えない話もあるという。
「まともな補給計画さえ組んで実行できないのか!」
と補給課へ怒鳴り込んだ曹長が赤い彗星などとはまたちがった意味で英雄として奉られているという噂も聞く。このあたり、もっともすぐれた頭脳は優先的に補給部門にまわす連邦とのいちばんのちがいであったかもしれない。
なんにしろ、弾薬からモビルスーツの交換部品はいうにおよばず、食料、水、医療品などといった必需品まで足らないのだ。
そのうえ、
「新型はまだこないのか?」
ロンメルにとって、書類の受取期日に赤い丸をつけてまで希求する陸上専用のモビルスーツの納期がすでに数週間も遅れている。
「また仕事をとちったか?」
宇宙でぬくぬくする連中にたいし、いまさら一通りの文句をつぶやき、しかし、別の可能性にも気がつき、表情をあらためる。
(それともやられたか?)
最近では、連邦にくみするとみられるベドウィンが補給部隊にやみ討ちをかけてくるのだ。いったい、どれほどの物品が炎の燃料となったのであろうか。
しかも、連邦の反攻作戦があるとのきなくさい噂も聞く。
なんにしろ、進むにも戻るにも深い沼にはまりこんでしまったらしい。
(考えどきだな――)
3
「いかがですか?」
敵に包囲されているあいだに生まれたという子供を、まるで初孫を見るような笑顔でのぞきこんだ李のほっぺたを、病院のベットで微笑する母親にだかれていた赤子がほほえみながら、ひっぱった。李の笑ったような悲鳴と、その周辺にいた医師、看護婦その他のひとびとの笑い声が重なり、新聞社のストロボがひかる。
慰問として訪れてた病院の一情景である。
その日の午後、ガディが退出したあとの李の公務は病院や学校、それに避難所への訪問に費やされていた。
このようなことは政治的なパフォーマンスにしかすぎないが、同時に、そのようなものこそが、このような閉じられた情勢下では必要なのだと李は考えていた。
一方、毒薬のうめこまれた奥歯を舌でさすりながら、ジョセフは事後策のことを考えていた。市民は市長代役にまかせ、守備隊長はみずからの職務に忠実であろうとしたのだ。
アレキサンドリアの街の外はすぐに砂漠――むかしは、まだ砂の大地でなかった土地である――となる。
「どこまでできましたか?」
防衛線の再建をまかせた男にジョセフはたずねた。
「まあ、八割くらいはできましたかね。まあ、張りぼての防衛ラインですから、ないよりはましって程度でしょうけど」
徴兵される前は建設業で働いていたという男は、そういって肩をすくめた。
「なにをおっしゃるのですか。いままでも、そういいながらもよく持ちこたえてくださったではないですか。それこそ、いちばんの軍功は、あなたたちだとわたしは思いますよ」
「そうおっしゃてくだされるのはうれしいんですけど、戦後、功労金でもでるんでしょうかね? 連邦が勝つにしろジオンが勝つにしろ、戦争が終わったら、ここの部下の何人かをひっぱりこんで建設会社を作ろうかと思っているのですよ。その軍資金にでもしたいんですけどね」
と笑った。
塹壕をのぞくと、連邦の制服の者、白い民族衣装の者、さまざまな人々がシャベルカーのすくいだした砂を袋につめ、かさね、長いつつを作っている。
このような中世の名残が最新の兵器であるザク相手にたいして役にはたたないまでも、ないよりもましだということはいままでの経験でわかっている。
そのそばには、すでに時代ものといっていい戦車が置きっぱなしとなっていた。
「あれは?」
「足回りが完全に逝かれたんで、固定砲台の変わりにしようと思いまして」
徴兵されるまで大学院で経営を学んでたいという青年が応える。以前は白い肌をしたいたのに、いまではすっかり日に焼けている。
「こんどの補給で部品はきていませんでしたか?」
「ガディさんから受け取った書類には二陣以降となっていましたから……数日後でしょう。だったら、つぶれたものと思って砲台代わりにでもしようかってはなしているんですよ」
「そうですか……」
ふと、なにか思いついたようにジョセフは青年の耳元にふたこと、みことささやいた。了解しましたといって青年が駆け出していく。
轟音が響いてきた。
見上げると、青い空に白い飛行機雲を残しながら攻撃機の編隊が飛んでいく。
近臣の少年が心配そうな顔をした。
「練習でしょうか? それとも――」
「さあ、どうかな?」
ジョセフは首を横にふった。
空軍の意思はジョセフの知りえぬことであったのである。
(なにかの作戦なのかの?)
ここしばらく空軍の出撃の回数が増えたということは、それだけ有利になってきているということなのだろう。そういえば実質的に軍の全権を握るレビル将軍もヨーロッパにきているという情報もある。
(上ではいろいろあるのだな)
なんにしろ、そんなノイズは気にせず、じぶんの職務を遂行するだけだとジョセフは思った。
以前にくらべれば、はるかに空軍との協力も密となって戦いやすくなっているし、近々、大きな反攻作戦もおこなわれるという噂も聞く。
「なんにしろ、いまはがまんのしどころですよ」
部下たちを安心させるようにジョセフもまた微笑しながらいった。
4
「どうかな?」
部下たちが身を横たえるテントをのぞきながらロンメルは軍医に問うた。脈をとっていた医師が無言のまま首を横にふる。
「そうか……」
これで戦うことなく逝った部下はいったい何人になるのであろうか。
生き残っている部下に、その者の墓を掘るように命じる。
たしか、故人は故郷のコロニーで奨学金をもらいながら大学で歴史を学んでいて、将来は学校の教師になりたいといっていた男だった。本物のピラミッドが見たいですからといってロンメルのもとに来たが、赴任地がアレキサンドリアだと聞き、くやしそうな表情をしながらも、
「あのロゼッタストーンの見つかったところか――将来、子供たちにいいはなしができそうですよ」
と笑った日のことがいまではなつかしい。
あたりから、うめき声が聞こえる。このような状況では完治する者はまれで、じきに多くが天国なり地獄なりへの扉を遠からず通ることになるのだろう。
(このようなところで――)
戦場で死ぬのならばまだしも、仮の宿で逝かねばならぬ者たちにロンメルはかける言葉もなかった。
テントを出て、目を細めると、眼前には広大な砂の海がひろがっている。
どこまでつづく、その景色は、ロンメルにふしぎなまでの憧憬を呼び起こす。蜃気楼がゆれ、あたかも大海にあるかのような連想をおこさせる。
まるで、難破した船にただよい、海原をあてもなくただよっている――そんな気持ちにさえなる。誰もかれもからも忘れられ、やがてじぶんたちは、この砂という水のなかに溶け込んでゆきやがて――
ロンメルは鼻で笑った。
ナイーブしすぎるではないか。
(追い詰められている? この俺が!)
それがロンメルの偽ざる感想であった。
「どうだ?」
臨時のモビルスーツ工房となっている岩影にゆくと目の下にくまをつくりながらも、整備兵たちが孤軍奮戦のさまを見せていた。戦闘に傷ついたザクを交換部品もないなかで知恵と機転でなんとか修理している。
「だましだましだがな」
整備工たちの親玉である白髪のエンジニアが苦笑する。
ザクの開発にもかかわったことがあるという初老の男は、それこそザクの構造はネジの一本まで知り尽くしているといわれるが、同時にその機体の能力の高さと限界をわきまえていたのだろう。
開戦時、本国においてかなりの地位が約束されたにもかかわらず、その職を蹴り、わざわざ、このような環境に志願したのは、宇宙の人間が作ったこの機械人形が地上においては書類上のデーターだけの存在でしかないことをいちばん知っていからかもしれない。
実際、地球に降りてはじめてわかってきたこともたくさんある。
たとえば、砂漠におけるザクの能力の低下ぶりは予想以上のものがあったし、その原因がこまかい砂の粒がザクにはいりこんできては配線などの柔らかなビニール部分はもちろん鉄のギアまでも摩耗させることに気がつくまでには宇宙育ちだけの軍隊にとっては当然であったとしても、不必要なほど時間がかかってしまった。
その現象そのものは、以前から警告されていて、もちろん地球侵攻時に、それなりの準備をしたはずなのだが、それもしょせんそれなりでしかなかったということなのである。
「地球は宇宙で考えているほど、甘くねえってこった」
制作者のひとりはそういって苦笑したという。
なんにしろ、未知の環境での戦いはジオンにとっては連邦以上の脅威となっていた。
(それに――)
ザクが圧倒的な力を発揮できるのは宇宙空間だけであることはロンメルは地上におりて知った。宇宙における無重力ゆえの三次元戦闘は本質的に二次元戦闘でしかない地上においてモビルスーツに天敵ともよべる存在を生み出していた。
遠くから爆音が聞こえてきた。
「まさか!」
空を見上げる。
「連邦のやっこさん、ついにここに気づきおったな」
「空襲! 空襲!」
テントの方角から叫び声がした。
ロンメルは整備をしていたザクに飛び乗った。
しばらく機体を動かしていると、クラッチやブレーキのタイミングなど、気がつかぬうちにマシンに癖をしみつかせてしまうものなのだが、この機体はとりわけ難物であった。
誰の機体であるのかはしらないが起動のタイミングがうまくいかない。予想以上に時間――といってところで数十秒もちがわなかったであろう――がかかってしまた。そして、それが致命傷となった。
編隊が爆撃を開始する。
中世の戦争がそうであったように空からばらまかれる弾薬は豪雨は、正確に目的を打ち抜いていく。
部下たちが横たわっていた医療テントが指揮をしていたテントが、あるいは部下たちが休息をとっていたテントが、そして虎の子の補給物資をしまってあったテントがつぎつぎと炎のなかへ消えていく。
同時に目的をさだめぬままただ投下されていくだけの爆弾もある。
ミノフスキー粒子による撹乱を警戒して、いつしか連邦は爆弾の一部を原始的な自然落下にまかせはじめていたのだ。
目標を点としてでなく面として攻撃するのである。
こうなってしまえば、ザクには対抗のしようがなかった。
ただ身がまえて嵐が去るのを待つだけである。
しかし、
「きさま!」
気がつくと、ロンメルはトリガーを引き、空へむかってマシンガンを連射していた。だが、白い尾をひく雲にそれは届くことはない。いつしか弾もつきていた。
席に深くもたれ、ロンメルは唇をかんだ。少年のようなナイーブさがじぶんでも腹立たしい。しかし、そうであっては、じぶんの不明を恥じるよりも他なかった。
「制空権も完全に連邦のものになったか……」
それは、いくらかはじぶんのせいでもありうらむ気にはなれなかった。
その後、その場を離れるために、物品などを調べさせたところ運よく燃料や弾薬は一回攻撃できれば恩の字という程度だが残っていることがわかった。また残酷なはなしだが空襲によって元気な働ける者だけが生き残ったのは幸いであった。食料などに余裕が生まれたのである。
頭にまたたいていた撤退の二文字をロンメルは打ち消した。
いまの状況では前進――しかない。
ロンメルに、もはや迷いはなかった。
後退ということばは彼の辞書にはない。そして、目の前にはじぶんたちが欲する物がたんまりと貯まっている場所があるではないか。
(ならば、これを奇貨とするまでだ――)
「アレキサンドリアに一大攻勢をおこなう!」
5
昼間の暑さが信じられないほどまでにさがり、こごえるほどにまで落ちるのが砂漠の気候というものである。海が近いので内陸ほどではないにしても、アレキサンドリアもまた昼間の灼熱にくらべれば、雪こそふらないものの、夜は高緯度の冬のようである。
身体をふるわせながら男は塹壕から顔をのぞかせた。
「すこし眠ってしまったか……」
白い息のまじった生欠伸をしながら、その宵の日直はしぶしぶながら目を開けた。
空には、いまだ満天の星空がひろがっている。大気のよごれのせいもあって、子供の頃よりも星の見える数が減ったであろうが、やはりこの美しさ、神秘さには声すらない。そして、この星々またたく宇宙には巨大なコロニーがあり、そこで戦いがおこなわれているのだと、頭では理解できてもどうしても男には心情的には理解ができなかった。
どうやら、うたた寝して間にジオンの攻撃はなかったようだ。腕時計を見る。じきに日直の交代がやってくるだろう。
胸のポケットから男は煙草をとりだす。
こんかいの補給でようやく手にはいった煙草だ。まるで宝物であるかのようにさすり、火をつけ、くちにし、吹く。
半月ぶりの煙が天へ昇っていく――
いつくるとも知れぬ敵との神経戦がはてしなくつづき、けしてやわではない男の精神もそろそろ疲労をおぼえていた。
(いったいいつまでつづくのだろうか――)
古来、数年、あるいは数十年とつづいた戦いがあるという。それにくらべれば、まだほんの数ヶ月しか戦っていないのに、はやくも厭戦気分をおぼえるのはじぶんが戦いに向いていないからなのかもしれない。
ふと、顔をあげた男の瞳に、その影が映った。
昇ってくる巨大な太陽を背に砂埃がたち、蜃気楼が揺れ、緑の巨人が、あたかも神話のなから抜け出そうとするかのように、いままさに明けんとする紫だちたる空のもと姿をあらわさんとしていた。
あたかも神話から降臨しようとする太古の神々の姿のようにも見えながら、陽射しをあび、しだいにあらわになっていく姿はジオンのモビルスーツにちがいはなかった。
男は通路にしつらえた無線に向かって叫んだ。
「敵襲!」
アレキサンドリアの街に警報が鳴り響いた。
同時にバズーカ−の炸裂する音が数回とどろく。
まだ、宵も明けきらぬうちに、平安は騒乱へとすがたを変える。
「起きろ!」
ベットから跳ね起きた老人が近くに眠っていた青年の頭をごつく。
「あ、ああ、おはようございます……もう、朝飯ですか?」
寝ぼけままなこの頭は、現状を把握しきれていない。
いまいちど頭をなぐって、
「バカものこんなところでぐずぐずしていて死にたいか! 早くこい、いまからお前を戦場に連れていってやるぞ!」
まだじぶんの歳の半分も生きていない戦友の腕をひっぱって老兵はいちばん最初に宿舎を飛び出していった。
その頃、ジョセフたちがキュベレーと古代の女神の名前をつけた塹壕ではひと対モビルスーツの戦いが繰り広げられていた。
連邦の兵が地中から顔をすこしだし、狙いをさだめ、バズーカ−が火を吹く。
しかし、ザクの装甲に大きなくぼみができただけだ。
ザクの黄色い瞳が兵たちをにらんだ。
そして、近くにいた兵がその男の身体から人生最後の音を聞いた。
「隊長殿。防衛線を突破しました」
ははじけたような笑い声がスピーカーからしてきた。いちばん若い部下の手柄だ。一番槍といってよい。しかし、その歓喜の声に爆音が重なった。
突然、ザクの足元で爆発が起こった。
「どうした?」
「すみません。地雷にひっかかりました。右足のサスペンションが完全にいかれました」
「動くか?」
ザクの放棄を念頭におきながらロンメルはたずねた。
「不可能ではない……と思います。なんにしろ、後退します」
「わかった。死ぬなよ。それに、おまえの尊い犠牲のおかげで敵のトラップがわかったからな。それと、あとはおやっさんにまかせてあるから、それに従え」
早々に退散しなくてはならない部下をねぎらいながらも、
(残りはじぶんをふくめて五機か……)
ここは、ロンメルも考えどころであった。
以前の攻撃では、このような仕掛けをアレキサンドリアが持っていたというなかった。昨日(ルビ:さくじつ)も、連邦の戦車隊と砂漠で激しい戦いをくりひろげ、敵に壊滅的なダメージをあたえ、あと一歩というところまで追い込んだにもかかわらず、連邦の空爆によって撤退を余儀なくされたとはいえ陸軍には壊滅的なダメージを与えたはずなのである。
(やはり補給がきていたか!)
ならば、いまがチャンスであると楽観的に考えることにした。
「目の前に肥沃なる都市があるぞ!」
まるで盗賊の親玉が部下を叱咤するようなことを叫び、ロンメルの機体が走り出した。
地雷原をどうやって抜けていくか……
ロンメルは頭をひねる。
(一気に飛び越えるか……)
しかし、ザクの推力もそこまではない。
それに、ふだんならばで無理をしてきたとしても、すでに何度もオーバーヒートを起こしている、この機体のエンジンでは命取りになるかもしれない。
新型が間に合えば……ドムとはいわぬ。グフでもあれば、まだ作戦にバリエーションのもたせようもあったろうが、すでにそれもかなわぬ過去となっている。
その迷いが命取りになった。
「隊長あぶない!」
それが、その部下の最後の言葉であった。気がつくとロンメルの隣でザクのコックピットに穴が開いた。
「なに?」
ザクが力なく倒れ、そのさきには筒だけを砂からのぞかせた戦車の姿があった。
「こざかしい真似を!」
ロンメルのザクがヒートホークを抜き、駈け、一刀のもとにそれを切り裂いた。
予定外の損害だ。
ロンメルは舌打ちした。
計画よりも早いが、すぐに第二陣を呼ぶしかない。
なんにしろ、この時、すでにロンメルはジョセフの手のひらの上で踊らされていたのである。
「時間は我々を有利に導く――」
ジョセフは部下たちに、そう語った。
篭城戦の本質とは救援がくることを前提とした戦いであるということである。むろん、援軍のあてのないまま城に籠り、あるいは最終的に玉砕を覚悟して戦わねばならぬ時もあるが、こんかいの場合はちがった。あと数十分もすれば救援要請を受けた対岸のイタリアの基地より爆撃機がくることがわかっているのだ。
それまで――
それが両軍の思うところであり、同時に、その後ににつづく言葉のちがいでもあった。
「行くぞ!」
ロンメルは決断した。
時が彼らにとって味方でないことは確実であった。
補給も限界にきている現在となっては、多少の犠牲は覚悟してでも、目的を達せねばならない。
ならば、
「糧を敵に因る!」
――のでしょうなとジョセフは敵将の気持ちを完全に読んでいた。
だからこそ、
「なんとしても、守りきれ!」
その気持ちは連邦の側にもあった。
「もたせろ! 一時間、三十分、いや十分、一分、いや一秒でもいい。すこしでもいいから長くもたせろ!」
アフロディーテと名づけられた塹壕では、連邦尉官が先頭に立って戦闘を指揮していた。烏合の衆をしたがわせるには将官が前線にでて士気を鼓舞する必要があるのである。
しかし、それも限界であった。
(じきに、ここも放棄せねばならないか――)
腕時計で時間を確認し、近くにいた女の副官に撤退の準備をするように命じ、しかし、じぶんは最期までここに残ろうと男は決心していた。
背後に気配を感じた。
「どうした? まだ行かないのか?」
副官が、まだそこにいる。
なにも答えず、突然、部下が上官の唇を奪った。
さすがにとまどっているうちに、女はくちづけを終え、耳元でつぶやく。
「あとで酒くらいおごりなさいよ!」
なにごとかと思うまもなく、走り去っていく昨晩の相手の後ろ姿に、
(まだまだやることがある以上、俺は大丈夫だな)
と男は思った。
その胸元には女の涙が落ちていた。
後日、じぶんがいた塹壕の名前が古代の愛の女神の名前であることを知ったのは、その男が副官と結婚する日のことであったという。
「くそ、これがドムであったのならば!」
その塹壕から数百メートルほど離れた場所でロンメルたちの動きはにぶっていた。
たしかに、朝からおこなわれたこの作戦は、ザクへの対応に慣れた連邦にたいして精神的な奇襲となったにもかかわらず、いくたびかの不運――敵方に媚びうる運命によって――流れはあきらかなに連邦のものになろうとしている。
苦しい時間帯であった。
しかし、ここさえ越すことができれば
「勝機はある!」
とロンメルの戦士として勘が告げていた。
その一方で、
「彼は冷静に見えて……心の奥底に熱いものをもっていますよ。そして、それが彼を成功へ導き、時に大切なものを失わせることになるのです」
ロンメルの知らない敵将は、彼をそのように評価していた。
市庁舎はすでに臨時の病院となっていて、多くの負傷者がかつぎこまれていた。いつしか市庁舎には赤十字の旗がはためいていた。
「さて、あのようなものをあげたが役にたつものだろうか?」
李が不安げにいった。
「まあ、ないよりはマシなまじないですがね。なんにしろ、なんのために誰がだれと戦っているのか……さて、ジオンめはどのように考えますでしょうかな?」
廊下に横たわるケガ人たちのあいだをぬって黒髪の少女がきた。ふところから紙をとりだしてジョセフに渡す。つづいて、ふたりほど兵士がきて同じように手渡していった。
「手紙か?」
「電話が信用できませんからね。同一情報を複数の人間に運ばせているんですよ」
それらを読みくらべながらジョセフがこたえる。
「電話が? 有線ならばミノフスキー粒子は関係ないと思うが?」
「電話線が銃弾で切れますよ。それに、もしもと思いますが盗聴の可能性も否定できませんからな」
「なるほど。それでなんと?」
黙読し、ジョセフは意味深長な返事をした。
「ガディ船長からですが、例の物がいよいよ動くようですね。それと眼前の押し迫った出来事があると忘れがちになりますが、戦争は一局面だけでおこなわれているのではありませんと、わたしに注意をうながしてきていますよ」
6
灼熱の戦場では戦いがつづいていた。
明け方からはじまった戦いもすでに数時間がたっている。
すでにアレキサンドリアにはりめぐらされた幾重もの塹壕による防衛線――アテネの盾も崩壊しようとしていた。
「あとすこしだ!」
気合をいれるようにロンメルは部下たちに叱咤する。
すでに弾薬は尽きている。ヒートホークの刃もこぼれ、全身の装甲もぼろぼろとなっている。クーラーも壊れ、操縦系統も反応がにぶくなっている。
しかし、しかしである。
「あと一歩!」
目の前に豊かな富をゆうする街がひろがる。
あたかも古代の侵略者が豊かな街を前に舌ずりでもしたかのように、現在の野蛮人は雄叫びをあげた。
その瞬間、ついにロンメルたちは最期の城壁を破壊した。
塵の向こう側にたちならぶ建物が見える。
足元を連邦の歩兵たちが逃げだしていく。
「勝った――」
それが、ロンメルの確信であった。
「あとは……」
それをロンメルは捜そうとした。しかし、彼の目に映ったものは、
「なんだと?」
考えてもいないものであった。
「白旗ではない……赤い十字架だと! 市庁舎を攻撃するなということか」
降服の白い旗を予想していた男にとって、それは意外すぎる発見であった。古来からの習わしである、中立の旗をロンメルは苦々しくにらむ。
そして、それがジオンに対する連邦人民たちの徹底抗戦のあかしであることにロンメルは気がついた。
怒りが男をつらぬき、わななく手でロンメルは操縦管をにぎりなおした。
「その気ならば!」
破壊衝動がザクを駆り立てる。
巨大な斧を鈍器のようにふるい、宇宙から降り立った三体は破壊のかぎりを尽くさんとした。
「なんだ?」
ひとりのパイロットが声をあげた。
カメラになにかがぶつかったのだ。
「気のせいか?」
まあ、これだけ建物を壊しているのだ、破片がとんできてもおかしくはないだろう。しかし、またなにかが狙ったようにあたる。
やはり、なにかがぶつかる。
「なんだ?」
ザクのモノアアイが動き、その姿をとらえた。
街角から年端もゆかぬ子供たちが石を投げていたのだ。
ぎらりとにらむと、子供たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
「こいつら!」
ふだんならば、そんな大人げのないことをする男ではないのだが、この時ばかりは精神の異常に高揚していたらしく、そのちいさな肉体に向かって鉄の塊をふりあげんとした。
その時である。
その機体が爆発した。
「なんだと?」
ロンメルはうめく。崩れた建物の影に巨躯を見る。
「まさか……」
白い機体が動く。
「連邦のモビルスーツだと!」
まるでサングラスのような目許の白い機体は、兵器とはおもえぬハデな色彩ながら、俊敏な動きでザクを視界にとらえると、
「なんの兵器だ……まさか!」
短い砲身から放たれる閃光にいま一体のザクが沈黙した。
「戦艦なみのビーム兵器だと!?」
つづけざま撃たれたそれを間一髪でよけ、反射的にロンメルは壁を壊した。塵のなかにザクが隠れる。一気に後退した。
「何体いる?」
センサーを変え、敵が複数いることを確認するとロンメルの決心は早かった。
「一次撤退する」
残った部下たちにロンメルは叫んだ。
この機体の状態。手持ちの武器。そして、なによりも敵との数的な不利さを考えれば、戦うのはあきらかに愚かなのだ。
それに、うまい具合にすでに後退したザクがすでにニ体いる。
三機あれば、あるいはうまくすれば再戦も可能かもしれない。
(怪我の功名とするか――)
ほぼ動物的な勘だけでロンメルは、土煙に入り込んできた連邦の機体に一撃をあたえた。同時にザクのヒートホークもくだける。
「ええぃつ!」
残った鉄の残骸をつづいて突っ込んできた機体むけて投げ、ザクはその場を全力で逃げだした。そして、その後は、胃が痛くなるような撤退戦である。
すでにエンジンはオーバーヒート寸前であるらしい。時々、あやしい音が聞こえるし、反応も怪しい。逃げかえってくる途中に味方の銃を拾い、いつでも反撃できるそぶりをみせながら、しかし、敵の追撃を気にしながらの長い逃亡劇である。
砂の大地に敵影は見えないが、いま襲われたらと思うと気がきではない。
白い大地にゆらめきを見つけては緊張し、青い空に機影を見ては唾を呑む。
味方の位置をさとられぬように関係のない方角へもゆきながら、燃料の残量も気にしながら、いつしか日がかげってきていた。
やがて、あたらしいキャンプ地のある渓谷に入る。
突然、
「隊長殿!」
意外な声を聞いた。
きょういちばん最初に撤退した部下の声だ。
なんでも、後退したあと、整備長をおがみたおして整備をしてもらい――ほとんど神業としか思えないが――ふたたび出撃したそうである。
そして、その途上、回線から入り込んできた連邦の無線で作戦の失敗を知り、ここで待っていたのだという。
「そして、あと一点――」
といい、部下は上官に未確認の情報を伝えた。
キャンプ地に戻るなり、ロンメルは緊急回線を開き上官と連絡をとる。すっかり青ざめた顔の男と数語をかけあい、予想しうるかぎり最悪の命令を受けた。
ロンメルは愕然とし、やがて声をふるわせながら部下たちを全員に召集をかけると、命じた。
「アレキサンドリア攻略を一時、締結する」
そして、すぐさまあがりかけた非難の声を抑えるように片手をあげ、抑制した声で状況を説明した。
「オデッサが陥落した」
ざわめきがおこった。
ジオンの地上における最大の拠点がなくなったということは、このあといったいどうなるのかという当然の疑問が口々にあがっている。
それは当然であろうとロンメルは思った。しかし、それよりも先に解決しなくてはならないことがある。
「我々にあらたに与えられた命令はオデッサから撤退してくる同胞の救援に向かうことである。これはアレキサンドリアを攻略するよりも価値がある仕事だと思ってもらいたい。なぜならば、これは仲間の命を救う作戦だからである。なお、その救援する相手は多くの補給物資をもっているというはなしだ」
あらたな作戦にどっと歓声があがり、停滞しかけていた空気が一気に変わった。
たとえ落ち込むような状況であっても、目の前になにか目的があれば生きていけるのが人間の強さなのである。
すぐに部下たちは、それぞれの部署に帰っていった。
いつしか谷間にはすこし早い夜が訪れようとしていた。
遠くの砂漠を見つめ、
「砂漠よ。わたしはいつか戻ってくる――」
ロンメルはつぶやき、のびてきた闇のなかへ消えていった。
そして、その姿が歴史上、ふたたび浮かび上がってくるのは個人にとっては、あまりにも長い時間のすえのことであった。
7
アレキサンドリアは歓喜のなかにあった。
ザクの機影が消えても、しばらくは警戒していた人々も、その消息が完全にとだえたという空軍と砂漠の民の連絡を受け、肩の力を抜いた。
そして、半死半生ながら生きて帰ってきた上司と女の副官がくちづけをし、部下たちが口笛を吹いたり、拍手をしたり、からかったりして、それが祭りの合図になった。
花火があがり、輸送船から酒という酒がおろされ、食事がふるまわれ、長い間、包囲されていた都市は、一時の開放感のなかにあった。
ひとびとは歌い、踊り、騒ぎ、まるで失われた時間を取り戻すかのような喧騒に街はつつまれていた。
もはや、その歓喜の大きな流れを止めることができる者はいなかったであろう。あたかも街そのものが喜んでもいるかのような歓声にアレキサンドリアは揺れた。
やがて、そんな時間が過ぎ――
やれやれと声をあげながら市長と守備隊長が市長室に戻ってきた。
軍人や義勇兵、それに市民や難民たちをめぐり、たがいの勇気と努力に感謝を表しながらあいさつを交わしてきたのである。
すっかり疲れはてた姿ではあったが、今朝までとはちがう疲れかたで、やはりどこか満足げなようすが見てとれた。
市長が輸送船からもらってきた酒の瓶を開け、グラスに移し、たがいの幸運を祝福すると、開けっぴろげの窓辺からは赤や青、それに黄色の光の帯が夜空にあがっていくのが目に入った。花火の音がした。
「いいのかね?」
「なにがですかな?」
「ジオンの再侵攻の危険についてだよ」
「それは大丈夫でしょうな。連邦がオデッサを奪回した現在となっては、じきに陸上から、それこそきょうの一番手柄であるジムを中心とした陸上軍が救援部隊として派遣されてくるでしょうし、ジオンもきょう以上の攻撃をこの街に直接しかけてくることはないでしょうからな。すくなくとも、わたしがロンメルの立場ならば状況が一転した現在ならば別の策を弄しますよ」
「そんなものかね?」
「きょうの良作は明日の下作ということもあるのですよ」
「まあ、あなたがそういうのならば、そうなんだろうな。それにしても、あの者たち――いまだ塹壕に潜っている者たちもいるそうですな」
「まあ、そうはいいましても警戒はおこたるわけにはいきませんからな。かれらも運の悪い日直が番にあたったと思っておりましょうな。明朝にも、かれらには酒と食事を運ばせましょう」
「女とともにかい?」
酒の香りとともに李がそんなことをいった。ジョセフは苦笑する。
「女性の兵もおりますよ」
「そうだったな」
ハードリーカーを飲み干し李はごほごほと咳をした。
「呑みなれぬものをのむものじゃないか」
「同意です」
つきあうようにジョセフも一気に飲み干し、咳をし、たがいに笑った。
ふたたび窓辺からたのしげな男女の笑い声がし、即席の音楽隊の演奏するダンス音楽が聞こえてきた。
そんな音にまじって、遠くで汽笛の音がした。
「あたらしい輸送船が来たようですね。そういえば、さきほどガディ船長が、このたび街の再建にかかわる輸送部門の臨時の責任者として場を仕切らねばならなくなったといってきましたよ。だから、みんながよろしくやっている中でこれからまた仕事だと悔やんでいましたよ」
「それは第一等の戦功にもかかわらず、大変なしうちですな。それこそ酒でも持ってやらねばなりませんかな?」
「明朝、わたくしが持っていきますよ。それに、教え子の成長を見るほど教育に携わった者としての幸福はありませんからな」
ジョセフは、窓を閉め、カーテンをかけた。
すこし静かになった。
市長が古代の音楽をかける。
弦楽器の弦一本でかきならされているとは信じられぬほどのゆたかな旋律をかきならし、その楽器は永遠を奏でている。
たがいに椅子に深く腰掛けると、老人たちは、深いため息をつき、それっきり黙りこんでしまった。
終わった――との思いが、ふたりをつつんでいた。
じきに老いた男たちは、たがいの職を辞すつもりであった。
格言にあるとうり
「老兵は死なず。ただ、消えゆくのみ」
なのである。
なんにしろ、それはまだほんのすこし先のことである。
今宵ばかりは、死の恐怖のない夜がすごせる幸せに身をゆだねよう。
アルコールの効いてきた頭のなかで、そんなことをジョセフは考えていた。そして、空っぽの花瓶を見つめながら、夢うつつのなかで、来年は妻の墓のまわりに、なんの薔薇を植えようかとも考えていた。
おわり

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| ページ名: | オリジナル小説/一般/砂漠の風〜アレキサンドリア攻防戦 [ 送信した通知Ping(0) ] | |
| ページ作成: | ゲスト | - 2005/09/21 14:54:17 JST(1155d) |
| 最終更新: | ゲスト | - 2005/09/21 14:54:17 JST(1155d) |
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