階想
↑
決意
↑
アカラナータはサンドリアティーが好きだった。
子供のころに住んでいた郷国【サンドリア王国】での平穏な日々を思い出すからだ。
だから、飲む時は静かにゆっくりと味わう。
まず、白いティーカップを口元に寄せ、香気を楽しむ。
紅葉を感じさせる、鼻孔全体に広がる香りと、それを包むような淡いミルクの香りが、心を穏やかにしてくれる。
十分に堪能した後、初めて少しだけ口に含む。
目蓋をゆっくり閉じる。
口の中に広がる熱い風味を楽しむようにしていると、すぐに古い記憶が呼び起こされる。
しつけの厳しい父親、どこか悠然とした感じの母親……そんな今は亡き二人と暮らした家族三人の幸せな風景。
それらがスクラップブックでも見るように次々と目蓋の裏に浮かんでくる。
そして、取り合わせに最高なジンジャークッキーを口に運ぶ。
さくっと口の中で崩れて、ジンジャーの香りが軽く広がる。
それは不思議な事に、幼い頃の記憶にあった味だった。
ジンジャーが得意ではなかったアカラナータが好むように、母親が独自のバランスで作ったクッキー。それがそっくりそのまま、蘇ったのである。
アカラナータは、残りの半分を口に入れて噛みしめるように味わった。
大切な想い出を忘れさせない、心和む大切な時間をくれる味。
いつも死を見切りながら生きる冒険者の彼にとって、たまにあるこうした時間は大切なものだった。
だからこそ、この時間を生み出すクッキーを作ってくれた
しかし、相手にその気持ちをきちんと伝えることはできなかった。
なぜなら、この時間をいつも邪魔されるからだ。
「にぃちゃん、にぃちゃん、にぃちゃーん!」
けたたましく木製の扉が開かれ、いつも通り邪魔する者が飛び込んでくる。
アカラナータのいる部屋は、この国――バストゥーク共和国――独特の石造りの部屋だった。
その壁は、元気な彼女の声と激しい扉の音をよく反響させた。
「あのね、にぃちゃん……」
「ラーガ、扉を閉めなさい」
アカラナータはラーガ――ラーガラジャ――の言葉を遮って、扉を指差した。
「あ〜い」
頭の上の猫のような耳を軽く寝かせると、ラーガは尻尾の生えたお尻を突き出して扉を閉めた。
その様子に、細い双眸を伏せてアカラナータはかるく溜め息をついた。
「行儀悪いぞ……」
「あ。にいちゃん、お茶してたノン?」
アカラナータの言うことを聞いているのか聞いていないのか、ラーガはマイペースで話しだす。
「今日のクッキーの焼き加減はどう? いい感じにできたと思うんだけど……。あ、私もお茶する!」
さっきまで半分寝かしていた耳をピンッと立てて、ラーガは食器棚にそそくさと向かった。
ラーガは【ミスラ】と呼ばれる種族だったが、その感情表現は猫のような耳や尻尾によく表れる。
今は尻尾を軽く左右に揺らしていた。
それが何を示すのか、アカラナータにはわかっていた。
「で? どう?」
ラーガは自分専用のティーカップを飾り気のないテーブルに置くと、飛び乗るように座高の高い椅子に腰かけた。
メープル材でできた椅子が、かるく悲鳴を上げる。
「なにが?」
「クッキーの味だよ」
ラーガは、アカラナータを下の方からうかがう。
アカラナータは【エルヴァーン】という、尖った耳と長身が特長の種族であった。
その中でも、彼はかなり背が高い方である。
立って比べれば、ラーガの身長は彼の胸にも届かないぐらいだ。
必然的に椅子に座っても、ラーガは下から見上げるようになるのだが、今の上目づかいは別の意味がある。
「今日のも美味しかったでしょ?」
「ああ。そうだな」
「ふふ〜ん」
アカラナータの答えに満足したのか、ラーガは背もたれの隙間から出た尻尾を勢いよく振っていた。
「そうだろう、そうだろう。さすが私だよね」
そして自分もポットからお茶を注ぐと、ふぅふぅと息をかけて冷ましながらお茶を楽しみはじめる。
モグハウスと呼ばれる冒険者に支給される部屋。
それほど広くはないが、二人ぐらいがのんびりするぐらいのスペースはある。
なんとなしに二人は火のともっていない暖炉の方を眺めながら、また静かにお茶とクッキーを味わいはじめた。
アカラナータは、そのまましばらく待った。
しかし、果たしてラーガはお茶とクッキーに夢中だった。
「で、なにか話があったんじゃないのか?」
すでに要件を忘れているらしいラーガに、アカラナータはゆっくりとした口調でうながした。
ラーガが慌てて「そうだ!」と対照的に勢いよく反応する。
「にいちゃんに相談があったの」
「今度はなんだ? 雪山のロランベリーが食べたいから材料取りにつきあえか? メープルシュガーが仕入れられないから作ってほしいのか?」
アカラナータの言葉に、ラーガの頬がかるく膨らむ。
ラーガは丸顔が多いミスラにしては珍しく少し細面だった。
そのためか、ふくれた表情が特徴的に目立つ。
顔に入ったミスラ族独特の化粧の線も歪み、アカラナータは意外にその表情が気に入っていた。
「食べ物の話じゃないの!」
「あはは。そうか。いつも食べ物の話ばかりだから……」
「もう! 私ね、新しいジョブを勉強してみようかと思うノン」
「ん?」
ラーガの意外な言葉に、アカラナータはお茶を飲む手を止めた。
「シーフはどうするんだ?」
「もちろん、シーフもやるよ。ちゃんと一人前になる。でもね、忍者の勉強もしたいの」
「忍者?」
「うん」
「どうしたんだ? いきなり」
アカラナータはそれまでとは違った真摯な眼差しでラーガの方に向き直った。
「実はね、髭モンクから聞いた話なんだけど」
「髭モンク? ……って、あのお前と調理ギルドでライバルのヒュームか?」
「ラ、ライバルじゃないにゃ! 彼は私の弟子なのにゃ!」
アカラナータは髪の毛をかるく逆立てて怒る彼女に苦笑しながら「すまん」と言う。
ラーガは動揺すると、幼児期に使っていた「にゃ」という語尾を使ってしまう癖があった。
滅多に競争心などはもたない彼女だったが、どうも料理の事になるとむきになるようだ。
〈ラーガがそれほど意識するということは、あのモンクはよほど調理のセンスがいいんだろうな〉
アカラナータも、そのモンクとはなんどか顔を合わせたことはある。
しかし、アカラナータは彼の名前もよく覚えてなかった。
「確か名前はクー……」
「髭モンクの名前なんてどーでもいいの。それよりも問題は刀なの!」
「刀だって?」
「そう。あるレベルになった忍者だけが持てる、とっても珍しい刀があるんだって。それを持っていると、なんでも料理の腕があがるんだって!」
「ほう。そんな珍しい効果があるアイテムなんて初めて聞いたな」
「でしょ、でしょ、でしょ!」
ラーガはすっかり興奮しているようで、両手をテーブルについて体を前のめりにしていた。
「でも、結局は食べ物関係なのか……」
「うっ……」
ラーガが言葉に詰まる。
「まあ、仕方ないか。世界中の美味しい物を食べたいって夢を我慢できずに自分で美味しい物を作りはじめ、さらに店まで開いちゃったぐらいだからなぁ……」
「と・も・か・く!」
含み笑いをするアカラナータを怒るように、ラーガの言葉が割ってはいる。
「その刀を髭モンクったら、忍者の修行を始めて取りに行くつもりらしいの! 私を出し抜いてだよ!」
「名前ぐらいちゃんと呼んであげないと……」
「でね。弟子に負けてられないから、私も取りに行く事にしたの」
話を聞いてないラーガに負けて、アカラナータは本題に入ることにした。
「それで、その刀をとるのを手伝ってほしいのかい?」
「ううん、違うの。まだ忍者にもなってないから、その刀を扱えないし。手伝ってくれるのは扱えるようになってからでいいの。ただね……」
ラーガが今までとは打って変わっていきなり肩を落とす。
そして椅子に沈むように腰を滑らした。
「上手くできるか不安なノン」
「なにが?」
「ほら。忍者ってなんでも【忍術】とかいう魔法みたいなの使うんでしょ?」
「そうらしいね」
「私ね、今まで魔法とかって無縁だったから。どっちかというと、本能で動く方が得意だったし。だから、そういうのちゃんとできるかなぁ〜って」
彼女はテーブルの上に顎を乗せて、目蓋を閉じながら話していた。
その様子に、アカラナータは「ふむ」ともらしてから、またティーカップを口に運ぶ。
「にいちゃんはさ……」
ラーガが言葉を続ける。
「剣術やったり、魔法の勉強したり、いろいろとやってたじゃない。 そういう
「そうだなぁ。私は元々、戦士になる教育を受けながらも、自分から魔法という物に興味を持っていた口だから……ちょっとラーガとは状況が違うかな」
「う〜ん……」
「だがね、ラーガ」
アカラナータは穏やかな表情で語る。
「どんなジョブをやるにしても、最も大切なのは『うまくできるか?』という心配じゃないと思うんだ」
「にゅ? どういうこと?」
「うーん。まあ、これは私に聞くより、適当な人がいるんじゃないかな?」
「え?」
ティーカップを持った手の人差し指で、アカラナータは彼女をさした。
「ラーガ屋のお得意さんで」
「うにゅ?」
「ラーガの作った【ゆでガニ】が大好きな人だよ」
「……ああ、姫ねぇさまか!」
ラーガがくりくりとした両目をさらに見開き、両手をテーブルに突っぱねるようにして体を起こした。
「姫は、格闘術専門の【モンク】から剣も魔法も扱う【ナイト】に転職したんだ。まったく違うジョブに変わるというのは大変だったと思うよ」
「そうだねぇ〜」
「その困難を乗りきることができた姫なら、いいアドバイスをくれるかもしれない」
「うん。姫ねぇさまに聞いてみる!」
思い立つと、ラーガの行動は早かった。
勢いよく椅子から降りると、「カップ、洗っておいてね」と言い残して扉に向かう。
「あ、ラーガ。もうすぐ例の件でジュノに向かうよ。忘れないように」
背中を向けたまま、ラーガは「あ〜い」と元気よく答えて扉から出ていった。
と、思っていると、すぐにラーガがドアを少しだけ開けて、アカラナータの方を覗いた。
「あ、にいちゃん。ありがと。またあとでね」
アカラナータは微笑で答えた。
台風一過の静かな部屋で、アカラナータはふと昔を思い出していた。
「そういえば、私も、そして姫も悩んでいたんだったな……」
それは彼が冒険者として、やっと町でも知られ始め、仕事が回ってくるようになった頃だった。
その時に抱いていた彼自身の悩みを断ち切れたのも、【姫】という二つ名の彼女と出会ったおかげだった。
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ノルバレン地方に広がる森林地帯【ジャグナー森林】。
その森が闇に包まれた時、それは地上とは思えないほど底知れない深さを感じさせる。
木々に覆い隠され薄暗い獣道。
境界線が闇と同化した広い湖。
不可思議な七色の光を放つ池。
跳梁跋扈する野獣に獣人たち。
未熟な冒険者であれば、好んで立ち入りたくない危険な場所であった。
しかし、【サンドリア王国】や【バストゥーク共和国】という国から、実質世界の中心と言われる国【ジュノ大公国】に通じる要所の一つでもあり、また豊富な材木資源が眠る場所でもある。
国からの
この三人もそんな冒険者たちだった。
「おい。バートン、アジル。あそこに火が見える」
かすれるような小声で、彼女は連れの男二人を呼び寄せた。
トカゲの革で仕立てられた鎧の衣擦れの音さえ気にしながら男二人が近づいてくる。
そして、それぞれ木の陰に身を寄せながら、彼女の視線の先にある火の方をうかがった。
「我々と同じ旅人……だと思いたいが」
言いながらも、彼女は持っていたランプにシェードをかけて火を隠した。
「獣人だったら嫌だな。近寄るのやめよう、姫」
真っ暗な中で、バートンの声が聞こえる。
彼はきっと少し震えているのだろう。彼女には見えなくてもわかった。
しばらく、三人とも静かに火の様子をうかがう。
距離にして五〇歩ほど離れているだろうか。闇の中で距離感が正確につかめないが、あまり不用意に近づけば相手に気づかれる可能性もある。
(この付近に獣人は出没しないと聞いていたが……)
彼女は周囲をうかがった。
視覚の多くが奪われているせいか、やたらに聴覚と嗅覚が敏感になる。
遠くで鳴く獣の声が無気味に耳の奥にまで響き、湿気をともなった土と木の香りが体を包んでいる。
自分の着ている服の様子さえも見えない中で、なにか自分は無防備な裸で森の中にいるような不安さえあった。
「おい、姫。どーするよ?」
じれたようなアジルの声に、彼女は「うむ」と一言もらす。
「我々もこの場所は不慣れだし、視界の悪い夜ははっきりいって危険だ。それにできたら、せめて夜が明けるまで同行者が欲しい」
「そりゃそうだけど、あれが獣人の焚き火だったらやばいよ」
「まあ、行ってみればわかるさ。なんとなく平気な気がするんだ」
そうバートンの言葉を流すと、彼女は静かに近づいていく。
「また、そんないい加減な……」
慌ててそれを追うように二人も続く。
「姫がいい加減なのは、今に始まった事じゃないだろう?」
アジルの言葉にはため息がまじっていた。
「行き当りばったりは、姫の得意技じゃないか」
「そりゃそうだけどよ」
「だいたい夜のうちに森を抜けられなかったのも、姫が道もよくわからないくせにドンドン先行するからだしな」
「ホント、ホント、たまんないよなぁ。いつまでもガキ大将気分ってかさぁ」
「お前ら!」
ふり向きざま、暗闇の中でも感じるぐらいの怒りの目を二人にぶつける。
「男のくせにぐちぐち言うな!」
その彼女の声は、ほんの少しだけ大きくなってしまっていたのかもしれない。
「誰ですか!?」
(……!?)
問い詰めるような突然の声に、三人の体は硬直した。
少しは大き目だったとはいえ、気づかれるほど大きい声だったとは思えない。
それにまだ距離は離れている。
「答えないならば、敵と見なしますよ」
しかし、「相手」は確実にこちらに気がついていた。
「ま、待ってくれ!」
一瞬、慌てはしたが、相手の言葉は流暢な共通語だった。
獣人でも共通語を話すものはいるが、ここまで流暢に話す者はそうそういない。
彼女は思い切って木陰から出て行く。
「怪しいものではない。冒険者だ」
アジルとバートンも彼女に習った。
「失礼する」
三人は草をかき分けて、焚き火の側まで寄っていった。
そこにいたのは、一人の剣を構えた青年だった。
薄暗くとも、特徴的な長く尖った耳で彼がエルヴァーン族だとすぐにわかる。
しかも、長身のエルヴァーン族の中でもかなり高い方であろう。焚き火を背にする姿が作る影が、ちょうど彼女たちに覆い被さるようになっていた。
「…………」
影と共に、あからさまな敵意が向けられていた。
気の強い彼女も、雰囲気に飲まれて萎縮してしまう。
遭遇したことはなかったが、【彷徨う大樹】と呼ばれるジャグナーの主たる怪物にでも立ちふさがれたら、こんな威圧感かもしれない……と、彼女はとっさに思った。
他の二人も同様に圧倒されていたのか、一言も話さずその場を動かないでいる。
たった一人とはいえ、その威圧感はそれほど強烈に感じられた。
「あ、怪しいものではないのだ、うん」
彼女はなだめるように繰り返した。
逆光のためか、相手の表情がよく見えない。
ただ、向けられた剣先が、こちらへの警戒を解いてないことを物語っていた。
「た、焚き火が見えたものだから、一緒に暖をとらせてもらおうかと思って」
「…………」
相手がこちらを見定めようとする視線を感じながら、また彼女も相手を見定めようと目を凝らした。
揺らめく薄明かりの中で確認できたのは、まず肌の黒さだった。
髪は頭の形がよくわかるほど、ぴっちりと背後に流されている。多分、すべて後ろ手に結ばれているのだろう。
そして驚いたのは、この危険な場所でありながら、薄汚れて色もわからないような靴以外、防具を身につけていなかったのだ。
鎧の下などに着る黒と白の服のみだったのである。
(よほどの実力者か、もしくは愚者か……)
「失礼しました」
品定めが終わったのか、青年が打って変わって穏やかに開口した。
同時に向けられていた剣先も、ゆっくりと地に向けて鞘に納められる。
刃の鞘を滑る乾いた音が、緊張の糸を断ち切るようだった。
「このような場所故、警戒しているのです。驚かせて申し訳ありません」
「い、いいや。こちらこそ突然申し訳ない」
相手につられるように、彼女も思わず頭を下げる。
「キャンプしているところに図々しくも……」
「いえ。同じ冒険者同士、助け合うのは当然の事。どうぞ、遠慮なさらずに」
エルヴァーンの青年の手招きで、三人は焚き火の近くにゆっくりと寄っていく。
「申し遅れた。私の名は【ルネ】。先程も申し上げた通り冒険者をやっている」
彼女は座る前に名乗りながら一礼する。
「そして、こちらの二人は連れのアジルとバートン」
紹介された二人は、鐘のような形をした革兜を揃ってとった。
アカラナータと同じ、二人の長い耳が現れる。
「アジルだ。俺は本当は冒険者じゃなく騎士見習いの戦士」
「バートンです。おれも騎士見習い。姫……じゃない、彼女の護衛なんだ」
「え? 姫?」
エルヴァーンの青年が一瞬、目を丸くする。
「どちらかの姫君? ……まさか、お忍びなのですか?」
「あはは。違うんだ」
ルネは笑って返した。。
「私は下級貴族の出だからお姫なんて大層なもんじゃない。こいつらが私のことを子供のころ【鬼姫】とか陰で呼んでてね。それがいつの間にか【姫】ってあだ名にね。もう一五の立派な女性に【鬼姫】は酷いだろう?」
「ぷっ!」
と、アジルとバートンが同時に吹き出す。
「お前ら!」
ルネはそれを横目で牽制した。
「あはは……。そうですね」
説明に納得したのか、屈託なく青年は微笑を見せた。
細い双眸と眉が表情をきつく見せていたが、今の表情は相手を安心させる雰囲気をもっている。
ルネもまたつられるように微笑んでしまう。
「私は【アカラナータ】と申します」
青年は右足を前にだし、右手を水平に胸の前に運んだ敬礼をする。
「バストゥークの冒険者です。よろしくお願いします」
「……アカラナータ?」
はっとした顔でバートンは座りかけた状態のまま、下からアカラナータの顔を見上げる。
「あっ! もしかして、あんた……うわっ!」
バートンは少し小太り気味のためか、中腰のままでいられずにバランスを崩して無様に尻餅をつく。
それでも、バートンは青い目をアカラナータから放さない。
「なによ、バートン。みっともない」
「もしかして、小さいころサンドリアの王国騎士団剣術訓練所に通ってなかった?」
ルネが差し出した手を無視して、バートンは話を続ける。
「いたでしょ?」
「え? ……ええ」
「やっぱり! アジル、覚えてないか!?」
バートンはなぜか大袈裟に手を振りながら話す。
「ほら、こいつ【木偶のアチャ】だよ!」
「…………」
その時。
ほんの一瞬だったが、ルネは気がついていた。
闇の中で、アカラナータの目元が引きつった事を……。
★
↑
アジルとバートンは幼い頃からの友人だった。
お互いにエルヴァーン族であり、騎士団に入る事が生まれる前から決められていたという似たような境遇だった。
そのためか、サンドリアにある【王国騎士養成所】という所で幼少の頃に出会ってから、よく一緒に行動していた。
アジルは体格もよく均整がとれたシルバーの髪をもつ青年だった。自分の剣術にも自信があり、その細い目はいつもどこか相手を見下していた。
金髪のバートンは昔から小太りで、アジルによくついて歩いていた。丸い顔に短く切りそろえた髪だが、痩せたら優男風で女子に人気がでる顔だといつもルネは思っていた。
まるで兄弟のように育ってきた二人。
そのぐらいの事はルネも知っていた。
近所に住んでいたこの二人とは、種族は違えど八才ぐらいからのつきあいである。
だが、話によるとアカラナータと二人が出会ったのも、ルネと知り合った頃のようであった。
早くからモンクとしての道を選び出した彼女は、養成所にも行かなかったため、アカラナータとの面識がなかっのだ。
「こいつエルヴァーンの中でも体がでかいくせに、てんで剣術がだめでさ〜」
バートンが楽しそうに昔話を始めると、アジルも少しずつ思い出したらしく相づちを打ち始めていた。
どうやら、幼い頃にアカラナータが二人と同じ養成所へ通っていたこと。そして、剣の扱いがが下手でみんなから「木偶」と呼ばれて馬鹿にされていたらしいということがわかった。
「アチャって、なんか昔から黒魔法とかに興味を持ってたんだよな」
「そうそう。よく練習サボって怒られてたよな」
また、どうやら「アチャ」というのは彼の幼いころの呼び名らしいこともわかった。
しかし、一方的に親しいような呼び名で呼んでいるが、どうやらそれほど親しい訳でもなさそうだった。
それはアカラナータのとまどう表情で察することができた。
彼は二人のことをどうやらあまり覚えていないらしい。
きっとアカラナータはその体格からも、落ちこぼれ具合でも、養成所で目立った存在だったのだろう。
逆に彼にとって二人は、自分を馬鹿にするその他大勢でしかなかったに違いない。
「でも、その黒魔法も確かろくに使えなかったんじゃなかったけ?」
「ああ、そうだった。どうせならアチャも白魔法やればいいのにさ。俺たちもナイトになるために白魔法の勉強を始めたんだぜ」
「こら、おまえたち!」
三人の過去のこと故、しばらく黙っていたルネだった。
しかし、さすがに言葉が過ぎると、彼女は叱る視線を二人に向けた。
「…………」
その効果はてきめんだった。
バートンはもとより、普段は強気なアジルでさえ、親に怒れた子供のように口ごもった。
幼い頃に腕力で負けて以来、二人はルネに強く逆らえなかった。
そして未だに格闘技を専門的に学んだモンクとしての彼女の実力は二人に勝っている。
ただ、二人が逆らえない理由はそれだけではなかった。
例え、彼女がエルヴァーン族が卑下するヒューム族であっても、彼らにとってルネだけは特別だった。
そう、特別。そのことに、ルネは気がついている。
たが、彼女は気づかぬふりをしていた。
「誠に申し訳ない。連れが失礼なことばかり……」
ルネは肩を隠すほどある栗毛の髪を横に垂らして頭をさげる。
二人の姉のような気持ちで。
「深く貴殿のプライドを傷つけてしまった」
「あはは。いいんですよ」
「いや、しかし……」
「本当のことですから」
「え?」
ルネは返された言葉に思わずきょとんとした。
そして相手の顔をまじまじと見てしまう。
サンドリアに暮らしていたので、エルヴァーン族がどんなにプライドが高いか知っている。
だから、当然のごとく、目の前にいるエルヴァーンも、本当は怒り心頭なのだろうと思っていたのだ。
「しかし、こいつらはあなたを侮辱したのですよ? ご立腹なさっているでしょう?」
「いえいえ。真実を言われても侮辱にはなりません」
「なっ!?」
ルネは前のめりになりながらも、続けそうになる言葉を飲みこんだ。
(なんだ、こいつは! 男のくせに馬鹿にされて悔しくないのか!)
自分でもそれがお門違いな怒りだとはわかっている。
怒らなかったのだから、安堵するべきだともわかっている。
でも、ルネはこういう男は大嫌いだった。
こんなことをアジルかバートンが言ったから、一瞬でパンチとキックをセットで三発ぐらい食らわせてやるところだ。
(ヒュームの私でも怒るところだぞ!)
その苛立ちは、表情にはっきりと出ていたのだろう。
本当は抑えるべきなのだろうが、どうにも虫が好かない、抑えきれない。
「な、なぁ。今はなにを学んでいるんだ?」
ルネが何か言おうと口を開き書けたとき、アジルの言葉が割って入った。
それはいつもの彼の役目だった。本当にこいつは、はずすのが上手いとルネはいつも思う。
おかげでルネは勢いを削がれ、前のめりだった体を戻した。
「やっぱり戦士か? それとも黒魔道士?」
「いえ。今は赤魔道士を……」
「あ、あかまどうしぃ〜……」
「ええ」
「…………」
アジルは思わずバートンと見つめあった。
そして一呼吸を置くと、二人の目尻がひくひくとしながら垂れはじめる。
「わっははははは!」
そして箍がはずれて吹きだすように笑いだした。
「あ、あ……赤魔道士だってよ!」
「いっひひ! 半端者のアチャらしい半端ジョブだよね!」
二人は涙を浮かべながら嘲笑を続ける。
「む、むかしのさ、近衛騎士が生み出したジョブだっけ?」
「神殿騎士団や王立騎士団のナイトに比べたらねぇ!」
そしてまた目が合うと嗤いだす。
それは焚き火のパチパチという音などかき消すほど大声だ。
まさにとどまることを知らない馬鹿笑いだった。
が、それは次の瞬間にぴたりと嘘のように止まる。
ルネが両腰につけた格闘武器【ブラスバグナウ】をガシャっとならしたからだ。
その鋭く尖った爪状の武器が、獲物に向けられた時の冷たい金属音。きっと、二人の脳裏にはそれがイメージされたのだろう。敵に向かったときのルネの殺気を無意識に思い出してしまう。
「あ、い、いや、姫。あのぉ〜別に俺たちは……」
アジルのしどろもどろな言い訳をルネは眼光で制した。途端に、「ひぃっ」と小さな悲鳴を上げアジルは小さく身を震わした。
そしてそのまま、彼女はアカラナータに視線を向けた。
(この男はまた……)
お門違いだとはわかっていても、その不甲斐なさを憤らなければいられなかった。
嘆かわしく感じて仕方なかった。
言い訳や蔑みを認めるぐらいなら、いっそうのこと口をつぐんでいて欲しかった。
だから、アジル達を黙らせた威力を眼光にのせてアカラナータにも向けていた。
だが、アカラナータはかるく笑みを浮かべて、その威力をいなしてしまう。
「な、なによ……」
ルネは意表をつかれてたじろいだ。今まで同年代でこんな反応を見せた相手はいない。
「なに笑ってるの!」
「私は確かに半端者です」
そう言うと、アカラナータは脇に置いていた片手剣を手に取った。
そして、すっと立ち上がる。
その表情から笑みが消える。
「ですが、赤魔道士は半端なジョブなどではありませんよ」
その言葉の語尾は静かに、しかしどこか力強く訴えかけていた。
ルネの激しさとは正反対に、冷たく静かな意力がそこにはあった。
その意力は威力となり、アジル達だけでなく、ルネまでも思わず武器に手を伸ばしそうになる。
だが、アカラナータはすぐにその威力を笑顔と共に消し去ってしまう。
そしてそのまま、「薪木を取ってきます」と言って踵を返して、すたすたと闇に向かって歩いていってしまったのだ。
彼の背中はすぐに闇の中に吸い込まれてしまう。
「ふう〜」
思わず、ため息が三人からほぼ同時にこぼれた。
「いいすぎたかな」
そうこぼしたバートンに、ルネは「当たり前だ」と言いすてて立ちあがった。
「姫、どこに?」
「おまえらは火の当番をしていろ。私が謝ってくる!」
ルネはランプに火を入れると、アカラナータの呑まれた闇に光をともした。
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| ページ作成: | Guym | - 2005/04/12 17:47:00 JST(1317d) |
| 最終更新: | Guym | - 2005/04/12 17:47:00 JST(1317d) |
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