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仲之栞


「キンモクセイ、ありますか!?」
 それは店を閉めようとした矢先だった。
 小さな店内に、その声は意外なほど響いた。
 汗ばんだ顔に荒い息をして、スポーツ刈の少年が店のお姉さんを見つめていた。
「あの、やっぱりありませんか? キンモクセイって花……」
 途方にくれたように繰り返す声は少し音量を控えていたが、それでもよく通った。
 お姉さんは片付けの手を止めて、彼に向き直った。
「キンモクセイがほしいんですか……?」

 夕暮れ、優子は早足で道を進んでいた。
 通りすぎる人々の半分ぐらいが優子を振り返る。
 そのたびに優子は顔を赤らめ、いっそう足を急がせた。
「こ……んにちは!」
 なじみの花屋にたどりついた時には、優子の息はあがっていた。
「いらっしゃい……あら?」
 いつものお姉さんが鼻をうごめかした。
「どうしたの? こんなにいい香りをさせて……」
 優子は黙って、学生かばんから小さな包みを取り出した。
 それを広げたとたんに振りまかれる、甘い香り……。
「……まぁ、すごい……」
 包まれていたのは、肉厚で小さなオレンジ色の花の山だった。
「授業中、トイレの芳香剤の匂いがするって言われました」
 言いながら、優子は顔をしかめる。
「あら、大変だったのね」
 微笑みながら、お姉さんは指先で花の山をくずす。
「でも、こんなにたくさん、傷のない花ばかり。……すごいわね」
 そう言われて、優子はあらためてつやつやとした花の山を見つめる。
 細い指先で崩されたオレンジの花の山には、汚れて黒い部分などまるでなかった。
「木から落ちたのを拾ったんでしょうけど、ゴミや砂もついてないのね」
 感心したようなお姉さんの言葉に、優子の脳裏には包みを渡された相手の姿が浮かぶ。
「こんなにあると、ラムネかチョコレートみたいね。こういう形のお菓子、なかったかしら?」
 四葉のクローバーを、小指の先に乗るぐらい極端に小さくした形のお菓子。
 優子も確かにあったような気がした。
 そんな小さなこの花と大柄な彼の姿は、どうしても似合わないように思えた。
「そういえば、2〜3日前に男の子がお店に来たのよ。この花がほしいって……」
「ふぅ〜ん……え?」
 さりげない言葉にうなずきかけて、優子はお姉さんを見つめなおす。
「あの、それって……」
 お姉さんは、包みを持ち上げて日に透かして眺めている。
「ほら、夕陽に掲げてみると、ほんとうに金色に見えるわね」
 優子は、スカートのすそを握りしめ、聞きなおす。
「あの、その子どうしたんですか?」
 お姉さんは包みを置くと、小さく笑った。
「あぁ……なんかね。花束がほしかったらしいの。かなり、何件も花屋を廻ったみたいだったわね」
「花束……?」
 優子は目を丸くした。
「木だって知らない人、多いのよね。名前から、黄色やオレンジだとは思うみたいだけど。……かわいそうだから、公園にあるって教えてあげたわ」
「そうなんだ……」
 小さくうなずくいた優子のあげた顔を、お姉さんに覗きこまれる。
「思い込みって目を見えなくするのよね」
 見つめられた優子は、一瞬言葉が出なくなる。
「……ね、キンモクセイの花言葉を知っている?」
「いえ……」
「『あなたの気をひく』って言うのよ」
 お姉さんはそう言うと、いたずらっぽく微笑んだ。

FIN

☆キンモクセイ(金木犀)
種 類 − モクセイ科
原産地 − 中国、日本
花 色 − 橙
花 期 − 秋
花言葉 − あなたの気をひく


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